正式名称:厚生労働科学研究費補助金 障害者対策総合研究事業(神経・筋疾患分野)「自律神経機能異常を伴い慢性的な疲労を訴える患者に対する客観的な疲労診断法の確立と慢性疲労診断指針の作成」研究班

慢性疲労症候群に陥るメカニズム

 慢性疲労症候群(CFS)の病因としては、これまでウイルス感染症説、内分泌異常説、免疫異常説、代謝異常説、自律神経失調説などさまざまな学説が報告されてきた。

  我々は、1990年よりCFS患者の診療と病因・病態の解明を目指した臨床研究を行なっていとところ、CFS患者にみられる種々の異常は独立して存在しているのではなく、お互いに関連してカスケードを形成していることに気付いた。そこで、ここではまず慢性疲労の代表的な病態であるCFS患者にみられる代表的な異常をいくつか紹介し、その異常がどのように関連し慢性疲労に結びついているのかについて紹介する。

1.生活環境ストレスの関与

 慢性疲労症候群の誘引には生活環境要因(ストレス)が関係していることが明らかになっている。以前、大阪大学付属病院に通院中のCFS患者71名と年齢・性の一致する健康者223名に対して、社会的再適応評価尺度を用いた「人生の出来事」型ストレスに関するアンケート調査を実施、CFS患者と健常者との比較検討を行ったところ、「人生の出来事」型ストレスの該当数はCFS患者では発病時期に平均8.3と、健常者の平均4.4に比較して有意に多いことが明らかになった(p<0.01,Mann-Whitney U検定)1)

  また、Holmesらによる評価点数(表1)を加えた重みづけ得点について調べてみても、健常者が平均112.3点に対しCFS患者は平均223.0点と有意に高く(p<0.01,Mann-WhitneyU検定)、Holmesらが「翌年に51%の人が何らかの疾病を罹患する」と報告している200点をCFS患者群では超えていることも判明した1)。したがって、外来を受診しているCFS患者の問診ではストレスとの関連を否定することが多いが、自分ではあまり自覚していなくとも健常人より多くのストレスを抱えている。

 健常者よりもCFS患者において有意に多くみられる項目は、発症時では睡眠習慣の変化(睡眠時間の変化、睡眠にあてる時間帯の変化など)、担保や貸付金の損失、家族の健康上または行動上の変化、親戚とのトラブル、配偶者との和解、気晴らし・休養の取り方や頻度の変化、けがや病気、生活状況の変化(家の新築・模様替え、家や近隣の状況の悪化など)であった。

 尚、生活環境ストレスといえば、①精神的ストレス(人間関係のあつれきなど)を思い浮かべる方が多いが、②身体的ストトレス(長時間残業、過度の運動など)、③物理的ストレス(紫外線、騒音、温熱環境など)、④化学的ストレス(ホルムアルデヒドなどの化学物質)、⑤生物学的ストレス(ウイルス、細菌、寄生虫など)などを総合して考える必要がある。

2.遺伝的背景の関与

 ストレス関連疾患を評価する場合、ストレスの絶対的な多さや強さだけでなく、ストレスに対する感受性や抵抗性を評価することも重要である。実際、我々が診察しているCFS患者では細かな作業に能力を発揮できるが些細なことが気になる性格の方や、仕事をする場合に全てを自分で処理しないと気がすまない完璧主義の方が多いように思われる。

 そこで、このような性格や気質は種々の神経伝達物質の輸送体や受容体の遺伝子多型が関連している可能性を考え、大阪大学倫理委員会の承認のもと、筑波大学との共同研究としてセロトニン輸送体のプロモーター領域の多型分布を調べたところ、正常対照者では繰り返し配列の回数が少ないS型が88%、多いL型が12%であるのに対して、CFS患者ではS型75.3%、L型24.1%であり、有意にL型が多いことが判明した(p<0.02)2)。ヒトリンパ芽球を用いた研究ではL型はS型に比較して転写効率が高い可能性が報告されており、この多型の違いがストレス時におけるシナプスのセロトニン代謝の違いとして現れ、CFSに陥る遺伝的リスクファクターとなっている可能性が考えられる。

3.感染症の関与

 CFS患者では、喉の痛みや発熱とともに強い筋肉痛、脱力感、関節痛などのインフルエンザ様症状が認められることや、集団発生が欧米各地でみられたことより以前より感染症の関与が疑われ、CFS病因ウイルス発見の努力がなされてきた。その代表的なウイルスとしては、Epstein-Barr(EB)ウイルス、エンテロウイルス感染症などがある3)。また、CFSの中にはウイルス感染症だけでなくクラミジア、マイコプラズマ、コクシエラ、トキソプラズマ、カンジダなどの感染症がきっかけとなり発症した症例が少なからず存在することより、厚生省CFS診断基準では明らかな感染症後に発症した症例は「感染後CFS」として区別している3)。日本でも平成3年九州地方において肺炎クラミジアに感染した86名の内12例がCFSに罹患したという集団発生例も確認されている3)。

  しかしCFS患者でみつかってくる多くの感染症は、種々のヘルペスウイルスの再活性化やマイコプラズマ、コクシエラ、トキソプラズマなどの慢性感染症であり、免疫力の低下が関連しているものと思われる。社会心理的なストレスがNK活性などの免疫力の低下を引き起こすことは良く知られており、前述した社会心理的なストレスと遺伝的因子が関係しているものと思われる。

4.免疫異常 

 CFSではアレルギー歴を有する人が多く、また抗核抗体の出現、免疫グロブリン異常、血中免疫複合体の増加、NK活性や単球機能の低下、リンパ球のサブセット異常、種々のサイトカインの異常などが報告されており、何らかの免疫異常がCFS病態に関与していることは間違いない4)。我々は、阪大病院に通院中のCFS患者における自己抗体について検討したところ、115例中61例と高率に抗核抗体を認め、18例では抗DFS-70抗体が陽性であることを見出した5)。DFS-70をコードするcDNAは、RNA polymerase II依存性転写因子や水晶体上皮由来の増殖因子のcDNAとほぼ同一であり、この抗体自身の存在が直接細胞障害を引き起こすことも報告されており、CFS病態を修飾する1つの原因となっている可能性も考えられる。

  また、最近神経伝達物質の輸送体や受容体に対する自己抗体がCFS病態に関与しているのではないかと考え、大阪大学大学院生体情報医学講座との共同研究により、ムスカリン1型アセチルコリン受容体、セロトニン1A受容体、ドーパミンD2受容体、オピオイド受容体に対する抗体の検索を行ったところ、抗ムスカリン1型アセチルコリン受容体抗体がCFSの半数以上で陽性であり、脱力感や思考力の低下と有意に関連していることが判明した6)。これまでは、脳血液関門が存在していることよりこのような自己抗体が直接脳に作用するということはあまり想定されていなかったが、最近では種々の自己抗体が脳・血液関門を越えて脳機能異常を惹起しているのではないかという考えもあり、抗ムスカリン1型アセチルコリン受容体抗体がCFS病態の1つの原因となっている可能性もある

 尚、我々は免疫応答によって産生されるTGF-βやインターフェロン(IFN)、TNFなど各種のサイトカインの異常がCFSに到るカスケードに重要な役割を担っているのではないかと考えており、サイトカインの異常とCFSとの関連については慢性疲労に陥るメカニズムのところで紹介する。

5.内分泌系の異常

 Demitrackら7)がCFS患者では視床下部・下垂体・副腎系の異常がみられることを報告して以降、これまでに数多くの内分泌異常がCFS患者で報告されており、CFS患者で何らかの内分泌異常が存在することは間違いない。これまでに報告されてきた異常としては、血清コルチゾール減少、血漿ACTH増加、尿中カテコラミンの上昇、抗利尿ホルモン基礎値の減少と全身水分量の増加、ACTH試験における副腎感受性の亢進と最大反応性の低下、インスリン誘発低血糖時においてプロラクチンや成長ホルモンの分泌異常などがあげられる。

 我々もCFS患者における内分泌系機能について調べていたところ、性ホルモンの前駆体である血清dehydroepiandrosterone sulfate(DHEAS)がCFS患者では明らかに減少していることを見出した8)。減少が強い症例では脱力感や記名力の低下が強くみられていた。最近では、DHEASは脳内で合成され神経伝達物質の代謝に影響を与える神経ホルモンであることも分かってきており、内分泌機能異常が疲労症状を修飾している可能性もある。

 尚、CFSではしばしば抑うつ状態を合併することよりうつ病との鑑別が問題となっているが、うつ病患者では血液中のコルチゾールが上昇していることが多いのに対しCFS患者では減少していることが多いこと、buspirone負荷試験ではうつ病患者に見られるセロトニン受容体のup-regulationが認められないこと、3-methoxy-4-hydroxy-phenylglycolはうつ病患者では健常者に比し増加しているのに対して、CFS患者では減少していることなど、CFSで認められる内分泌異常はうつ病とは少し異なることが報告されている。

6.脳・神経機能異常

 CFS患者の脳機能異常に関しては、最近のさまざまな解析により以下のような異常が明らかになってきており、CFSにおける不定愁訴は脳の機能異常に基づくものであると考えて間違いないと思われる9)

1.single-photon emission tomography(SPECT)解析

 前頭葉、側頭葉、頭頂葉、後頭葉、基底核などにおける局所脳血流量の低下

2.positron emission tomography (PET)解析

ア)H215Oを用いた局所脳血流量の解析
 前帯状回、眼窩前頭野、背外側前頭野などの前頭葉のほか、側頭葉、後頭葉、基底核、 脳幹部などさまざまな部位の局所脳血流量の低下
イ)[18F]fluorine-deoxyglucose (18FDG) 解析
 右内側前頭皮質、脳幹部、帯状回やその近傍の内側皮質における糖代謝の低下
ウ)アセチルカルニチン代謝
 自律神経系の調節や情動などに深く関連している前帯状皮質24野と、意欲やコミュニ ケーションにおいて重要な前頭皮質9野において有意に低下
エ)脳内セロトニン輸送体の発現( [11C](+)McN5652を用いての検討)
 前帯状回のBrodmann24/32野の一部(吻側部分)において有意に低下

慢性疲労症候群に陥るメカニズム

 最近の研究によりCFS患者でみつかってきた種々の異常はそれぞれ独立して存在しているのではなく、お互いに密接に関連していることが明らかになってきた(図1)。すなわち、CFSは種々の環境要因(身体的・精神的ストレス)と遺伝的要因によって引き起こされた神経・内分泌・免疫系の変調に基づく病態であり、NK活性低下などの免疫力の低下に伴って潜伏感染していた種々のヘルペスウイルスの再活性化が惹起され、これを制御するために産生されたTGF-βやインターフェロン(IFN)などのサイトカインが上述のような脳・神経系の機能障害を生じているのではないかという仮説を考えている。

 井上らは、強制的に運動させて作成した疲労モデルラットについて検討したところ、運動によって引き起こされる生理的な疲労感の伝達にはTGF-β3が関与していることを報告しており10)、TGF-βの上昇が疲労病態と関係している可能性がある。実際、血清TGF-βの上昇は、多くのCFS患者で共通して認めている数少ない異常の1つであり、我々のCFS患者の検討でも有意な血清TGF-βの上昇が認められている。

 またTGF-β以外のサイトカインとしては、インターフェロン(IFN)もCFS病態に関連している。九州大学の片淵らがpolyI:Cを腹腔内に投与した感染疲労マウスの解析を行ったところ、脳内でのINF-αmRNAの発現増加とともにセロトニン輸送体mRNAの発現増強が確認され、さらにマウスの行動量の低下はSSRI投与により回復したという11)。このことは、我々が風邪を引いたときに自覚する倦怠感などにもINFやセロトニン輸送体の発現増加を介したセロトニン代謝の異常が関係していることを示唆している。

 以上の知見をまとめてみると、CFSの多くは環境要因(身体的・精神的ストレス)と遺伝的要因が関係した神経・内分泌・免疫系の変調に基づく病態であり、ウイルスの再活性化や慢性感染症によって惹起された種々のサイトカイン異常による脳機能障害である可能性が高い。本稿ではTGF-β、INFとの関係について主に述べてきたが、癌末期など悪液質時に自覚する激しい疲労感にはTNFが関与していることも知られており、TNFを含めてIL-1、IL-4、IL-10などさまざまなサイトカインが疲労感に関係している可能性があり(図1)、今後それぞれのサイトカインについても、1つ1つどのような脳機能異常と結びついて臨床症状とつながっているのかを明らかにする必要がある。尚、免疫異常のところで紹介したように中には自己抗体(神経伝達物質受容体抗体や抗核抗体)が直接脳・神経系の機能障害と関連していると思われる症例も存在しており、CFSを単一な疾患群と考えてはならない。

文献

  1. 倉恒弘彦、志水 彰、渡辺恭良。ストレスと慢性疲労症候群 Biotherapy  20(1): 1-11, 2006
  2. Narita M., et al.: Association between Serotonin Transporter Gene Polymorphism and Chronic Fatigue Syndrome. Biochem Biophys Res Commun 311(2):264-6,2003
  3. 倉恒弘彦ほか:感染症の新しい展開-germ theoryを超えて-慢性疲労症候群(CFS). 日本内科学会雑誌 90(12):2431-2437,2001
  4. 木谷照夫、倉恒弘彦.慢性疲労症候群. 日本内科学会雑誌1992;81:573-582
  5. 室 慶直、倉恒弘彦:日本人慢性疲労症候群患者における血清中抗DFS70抗体.アレルギーの臨床 20:826-830, 2000.
  6. Tanaka S. et al.: Autoantibodies against muscarinic cholinergic receptor in chronic fatigue syndrome. Int. J. Mol. Med. 12: 225-230, 2003
  7. Demitrack MA, et al.: Evidence for impaired activation of the hypothalamic-pituitary-adrenal axis in patients with chronic fatigue syndrome. J Clin Endocrinol Metab. 73(6):1224-34, 1991
  8. Kuratsune, H., et al.: Dehydro- epiandrosterone sulfate deficiency in chronic fatigue syndrome.  Int J Mol Med  1:143-146,1998
  9. 倉恒弘彦:CFSにおける脳代謝異常. Progress in Medicine 25(5):1272-1278,2005
  10. Inoue K. et al.: Transforming growth factor-beta activated during exercise in brain depresses spontaneous motor activity of animals. Relevance To central fatigue. Brain Res 846(2):145-53, 1999.
  11. 片渕俊彦:ウイルス感染疲労モデルにおけるサイトカイン・神経伝達物質異常.Progress in Medicine 25(5):1320-1325,2005

図1

図1. 慢性疲労症候群(CFS)に陥るメカニズム(仮説)
NK活性:ナチュラルキラー活性、IFN:インターフェロン、
2-5AS:2-5オリゴアデニル酸合成酵素、RNase:リボヌクレアーゼ、
TGF-β:トランスフォーミング増殖因子β、
DHEA-S:硫酸デヒドロエピアンドロステロン.

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