小野がいつまでも告白しない理由は、科学できる。

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小野が中川に会ってから、つまり同じクラスになってから、もう半年がたとうとしていた。
小野圭介、16歳。あまり目立たない、平凡な高校1年生。
いつも片手に、菓子パンを握りしめている。理由はよく分からない。
中川真央、16歳。みんなの人気者。バレー部のエース。玉手高校の華。
具体的にいつから彼女のことを好きになったのか、小野は自分でもよく分からなかった。
違う部活だけど同じ体育館だから、まあ顔見知り。同じクラスだし、しゃべったことはある。そんなレベル。
中川のまわりにはいつも友達がたくさんいて、ちょっと話しかけづらい。
何か具体的なきっかけがあったわけではない。
でも明らかに「好き」と呼べる、あるいはそう呼ぶしかないほどの強い感情が、
小野のこころの中にはあった。その感情を毎日、忘れることなく持ち歩いた。
持ち歩き続けて、もう半年だ。そろそろ、という時だ。

「はい、じゃあ次のリクエストは・・・奈良市、玉手のレフトさん。
『実はいま、気になる男子がいます。となりのバスケ部にいる子で、しかも同じクラスなんです・・・』」
小野はとりあえず、ラジオの電源をOFFにした。
玉手高校?バスケ部に気になる男子?この先を聞くには、まず気持ちを整理する必要がある。
小野はそう思った。ちなみに家で勉強する時は、ラジオを聞いている。その方が、なんか集中できる。
聞いているようで聞いていないというか、いつのまにかDJのトークや音楽が自然な空気のようなものに変わり、
気が付くと勉強に没頭できているのだ。この感覚がすきだから、小野はいつもラジオだった。
「玉手のレフト」。このラジオ・ネームが中川真央と同一人物であるというのは、小野の推測だ。
でもそれは、同時に確信でもあった。
玉手、レフト、同じクラスにバスケ部の男子。これはもう、バレー部の中川しかあり得なかった。
気持ちを整理した上で、もう一度ラジオをつけた。
間もなく曲が終わろうとしていた。中川がリクエストした曲は、ちょっと意外だった。
来月小野が行こうとしている、大阪のフェスにも来るバンドだ。
つまり二人は、同じバンドが好きだということが判明した。
フェス会場で中川にばったり出会う場面を想像して、小野圭介は緊張した。
行きたいけど、行きたくない。出会いたいけど、出会いたくない。
今までに感じたことのない、不思議な感情がこみあげてきた。

小野は、なぜ告白しないのか。山田冨美雄(関西福祉科学大学 心理科学部 学部長 就任予定)

状況を冷静に論理的に分解してみましょう。気になる人がいて、好意とよぶに相応しい感情もわいている。まさに小野は中川真央に恋をしています。片想いというやつ。そこで不意にラジオから明らかに中川真央らしき女性からのリクエスト。そのなかに自分への思慕がほのめかされていることに気づく。片想いではなかったのです。なのになぜ、小野は次の一歩が踏み出せないのか。好意を中川に伝えられないのはなぜか?

ポジティブ心理学で考えてみましょう。人には、ハッピーになるための徳性が24あります。そのうち強い徳性のいくつかがその人の個性を作るとされています。小野には「思慮深さ」、「慎重さ」、「勇気」の3つの徳性が強い。それはバスケの経験から得た徳性であると言えます。ボールをとられないよう、いつもガードが固い。ハイリスクなスリー・ポイントシュートはしない。完璧なディフェンスにこだわる。おかげでレギュラーも間近です。

だが今回は違いました。思慮深さや慎重さが、恋の破局というリスクを恐れるあまり、勇気を発揮できなくなっている。結果、恋の成就という貴重な機会を逸しそうなのです。3つの徳性のバランスを変えてみましょう。「勇気」を、「思慮深さ」や「慎重さ」より強く持ち、中川に好意を伝えるべき。ところが小野は恋の破局をことさら強く意識してしまうため、その一歩が踏み出せないのです。

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勇気は自信からうまれます。自分が決意して実行した結果、ハッピーになれる機会を得る経験を増やせば、自信を強める結果となります。勇気を出してリスクを恐れない方法で、よい結果を手に入れる訓練をすればいい。結果は自ずとついてくる。では小野は何をしたらよいでしょうか?例えば、スリー・ポイントシュートの練習に励むというのはどうでしょう。どんな位置からも、どんなディフェンス体制をとられようとも、確実にシュートが入る。その訓練に励むというのはどうでしょう。ひと月も訓練に集中すれば、自信がつき、ハイリスクだったスリー・ポイントシュートは得意技となり、小野のバスケット選手としての新たな強みになるはず。そしてハイリスク行動への挑戦心という徳性が新たな強みとなり、中川への恋心の伝達は、それほど困難ではなくなります。え、甘いですか?甘いと言えば、小野が食べている菓子パン、おいしそうですね。おなかがすいたので、私もパン屋さんに行ってきます。それではまたSTORY #2で。

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ラジオネーム奈良市玉手のレフトさん
大阪のフェスに来るバンド