厚生労働科学研究費補助金(こころの科学研究事業)
(分担)研究報告書

自律神経機能異常を伴い慢性的な疲労を訴える患者に対する客観的な疲労診断法の確立と慢性疲労診断指針の作成

疲労関連データの統計学的処理 自律神経機能測定の適正化- 健常者マスデータを基準として -

研究分担者 小泉 淳一 横浜国立大学大学院工学研究院機能の創生部門

研究要旨

 自律神経機能測定とその機能指標計算において,臨床において最も合理的な測定方法と計算方法を,周波数解析時系列単位の整合,起立試験区域での変動特性値定義について標準化した。また異常判定の基準値を健常人マスデータの解析から,二つの指標,LF/HFとTPから設定した。TPについては,ポピュレーションバランスを用い,加齢効果を数理モデルにより再現した。

A.研究目的

本事業全体の目標達成のため,自律神経機能測定とその機能指標計算において,臨床において最も合理的な測定方法と計算方法の標準化を確立し,また異常判定の基準値を健常人マスデータの解析から求めることが目的である。

B.研究方法

European Society of Cardiology と North American Society of Pacing Electro-physiologyのCirculation (1996)に準拠し,時間分解能1,000 Hz の心電記録を,周波数解析した。0.04-0.15 Hz範囲の周波数成分パワー積分値(LF)並びに0.15-0.4 Hz 周波数成分パワー積分値(HF)を計算した。
周波数成分の計算にあたっては,Burg (1975) が提案した,有限長さの自己相関関数から情報エントロピーが最大になるように自己相関関数の未知部分を推定する最大エントロピー法を採用した。
自律神経機能異常を伴い慢性的な疲労を訴える患者に対しての起立試験を伴う臨床測定法検証にあたっては,大阪市立大学疲労クリニカルセンターで採録されたCFS患者並びに複数のサイトで測定された健常人データを用いた。また,異常判定における基準値確定については,別途,5分間の安静閉眼時心拍変動を,428名の健常人を対象に採取し,対照とした。

C.研究結果

C-1.測定と計算方法の適正化と標準化
データ解析を目的とした実験系と異なり,臨床においては,計測・計算システムから結果として示される数値が大きく揺動することは好ましくない。比較的長時間の計算対象時系列を選択することで,見かけ上,揺動は抑えられる。しかしながら,あまりに長時間の計算対象時系列を選択すると,意味ある結果を得るに,いたずらに長時間を要することとなる。CFS患者に対しての起立試験は,それだけで患者に対して大きな負荷を与えるため,分単位での試験時間に限定することが望ましいと考えられる。また,上記の揺動を避けることの逆に,起立直後の応答を鋭敏に反映できる計算結果を与えなくてはならない。
これら相反する要求に応える時系列選択の結論として,30秒時系列の周波数解析を統一的手法と提案することとなった。
30秒時系列と60秒時系列との計算例を図1に示す。図より明らかなように,60秒時系列計算値では,揺動が少なく,区間平均値に近い値を経時的に示している。逆に,起立後の応答については,それを観測するに十分ではなかった。

図1 30秒時系列と60秒時系列からの心拍変動の周波数解析

この結果を受け,以降の中央データセンターに蓄積するデータに関しては,30秒時系列計算から得られる代表特性値,閉眼安静座位区間平均値,開眼安静座位区間平均値,起立後変動最大値,起立後変動最大値の半値を与える最大値前の時間(倍加時間),起立後変動最大値の半値を与える最大値後の時間(半減期),起立後30秒平均値,起立後30-60秒平均値,立位保持区間平均値の8点と,起立後変動のパターン指標を保存することとなった。

C-2.健常人マスデータに基づく基準値
健常人428名のLF/HF値ヒストグラムを図2に示す。この分布を正規確率プロットでパラメトリック性を確認したところ,全体で一つの正規分布ではなく,少なくとも2つ以上,そして3つの正規分布合成と考えるのが最も合理的であるとの結論を得た。
健常人マスデータの分布を,低位群(L),中位群(M),高位群(H)に分けた場合,低位群と中位群の境界として適当な値は,L+2L (=1.05+2×0.51) または(LF/HF)p(L)=p(M) となる ca. 2。中位群と高位群の境界として適当な値は,(LF/HF)p(M)=p(H)となる ca.5 であった。

図2 健常人のLF/HF値分布

C-3.ポピュレーションバランスによる加齢効果モデル
健常人428名のTP値について,20,30,40,50,60,70代の年齢群ごとのヒストグラムを図3(図はTPの自然対数をとっている)に示す。得られた分布は,加齢に伴いTPが低減していることを示している。この低減は下のポピュレーションバランスモデルで表すことができた。


図3 健常人年齢別 ln(TP)分布

非対称推移行列Jを下記の構造で,各成分を求めた。求めた成分値でのシミュレーション結果を図4に示す。

図4 ポピュレーションバランスモデルによる健常人年齢別ln(TP)分布シミュレーション

健常人の加齢によるTPの減少は,ポピュレーションバランスモデルにより説明することができた。またこの数理モデルから,次式により自律神経機能年齢を定義することができる。

D.考察

現在の疲労診断基準は主観的な症状をもとにした操作的診断法であり,客観性に欠けるため多くの医師からの信頼を得ることが出来ていない。したがって,各地の疲労診療は破綻状態にあり,数百万人に及ぶ慢性疲労患者が疲労診療体制の見直しを切望している。
また,2006年4月,労働安全衛生法が改定され,残業時間が100時間/月を超え,そして労働者が希望する場合には,産業医はその労働者に対しては過重労働に伴う過労死,メンタルヘルス障害の予防を目的に面談が義務化されている。現状は問診票を用いて疲労状態を推測しているに過ぎない。
本年度の研究成果C-2により,健常人マスデータに準拠した基準値が確定され,これにより客観的な自律神経機能異常評価系が明らかとなった。この基盤に基づき,順次蓄積される[血液検査情報]( アミノ酸分析,近赤外線分光解析,DNAチップ解析,酸化ストレス・抗酸化力評価(d-ROM,BAP),ストレス関連ホルモン(ACTH,Cortisol,DHEAS)),[唾液検査情報](唾液Amylase,CgA,Cortisol,HHV-6,HHV-7のDNA量からの生物学的評価),[生理学的検査情報](睡眠中の副交感神経系機能,覚醒・睡眠リズム解析,コンピューター化したクレッペリン試験,2重負荷試験による脳機能解析),[問診表での主観的症状並びに危険因子情報](疲労問診表,CES-D,Chalder Fatigue Scale)などとの関連を,統計学的に解析することが可能となった。これは,次に述べる,起立試験を伴う自律神経機能検査の標準化と併せ,客観的な身体的・精神的疲労を評価する診断法確立という全体目標を支えることができる。
起立試験を伴う自律神経機能検査において,従来の安静時のみの自律神経機能検査方法から,さらに踏み込んだ測定法が必要であった。また,安静時のみの機能検査では,自律神経機能代表値は1つまたは多くても3種で,概ね全体を表現できていたが,起立試験を伴う場合,LF/HFの動態に関してのみであっても,閉眼安静座位区間平均値,開眼安静座位区間平均値,起立後変動最大値,起立後変動最大値の半値を与える最大値前の時間(倍加時間),起立後変動最大値の半値を与える最大値後の時間(半減期),起立後30秒平均値,起立後30-60秒平均値,立位保持区間平均値という8種の特性値が必要であることが判明した。これは,客観的な評価を目指す上で,必要な対応であった。
健常人年齢別マスデータとポピュレーションバランスモデルから得た自律神経機能年齢測定法については,臨床の場で有効な説明指標になるとの指摘を受け,下記Hの項に示すよう,他の研究結果とともに,特許出願を準備している。

E.結論

自律神経機能測定とその機能指標計算において,臨床において最も合理的な測定方法と計算方法を,周波数解析時系列単位の整合,起立試験区域での変動特性値定義について標準化した。また異常判定の基準値を健常人マスデータの解析から,二つの指標,LF/HFとTPから設定した。TPについては,ポピュレーションバランスを用い,加齢効果を数理的なモデルにより再現でき,自律神経機能年齢を定義できた。

F.健康危険情報

 

G.研究発表

平成21年度内については,本事業に関連する研究発表はない。

H.知的財産権の出願・登録状況(予定を含む。) 

1. 特許取得
「労動負荷影響測定法(仮題)」国立大学法人横浜国立大学職務発明規則」に基づき届出,承継審査中
「抗疲労介入効果測定法(仮題)」国立大学法人横浜国立大学職務発明規則」に基づき届出,承継審査中
「自律神経機能年齢測定法(仮題)」国立大学法人横浜国立大学職務発明規則」に基づき届出,承継審査中
「過重活動による疲労の非侵襲的測定法(仮題)」国立大学法人横浜国立大学職務発明規則」に基づき届出,承継審査準備中

2. 実用新案登録
なし

3.その他
なし