厚生労働科学研究費補助金(こころの科学研究事業)
(分担)研究報告書

自律神経機能異常を伴い慢性的な疲労を訴える患者に対する客観的な
疲労診断法の確立と慢性疲労診断指針の作成に関する研究

心療内科を受診する慢性疲労を訴える患者の診療、 客観的なバイオマーカーを用いた疲労の解析、うつ状態、種々の神経症状に関する研究

研究分担者 久保千春 九州大学病院 病院長
研究協力者 吉原一文 九州大学病院心療内科 助教

研究要旨

 慢性的に疲労を訴える患者の中で、うつ状態や種々の神経症状を伴う精神疾患による慢性疲労との鑑別には、症状や病歴についての問診によるものが大部分であり、客観的なデータに基づいた検査方法はない。精神疾患との鑑別が可能となるような客観的なデータが明らかになれば、診断に応じた適切な治療が可能となり、症状の改善や医療費縮小につながる可能性がある。また、過去の報告より慢性疲労症候群の自律神経機能異常とうつ病や疼痛性障害の自律神経機能異常との間には、そのパターンに差異が認められている。そこで、本研究では、まず健常人における疲労感と自律神経機能との関連および疲労感とその他の身体・精神症状との関連を調査した。
A大学病院の医師、心理士、学生より集めた健常人男性20 名、平均年齢29.1±6.5歳を対象とした。被験者は、座位にて3分間安静後、加速度脈波計を用いて3分間測定し、心拍変動 (heart rate variability)の周波数解析にて低周波成分(low frequency:LF)や高周波成分(high frequency:HF)、LF/HFを算出した。また、疲労感、肩こり、頭重感もしくは頭痛、不安な気持ち、憂うつな気持ち、いらいら感の自覚症状をVisual Analogue Scaleを用いて測定した。その結果、疲労感は交感神経機能(LF/HF)と正の相関(P = 0.0037, rs = 0.618 y=0.05x+1.04, R2=0.41)があり、副交感神経(lnHF)と負の相関(P = 0.011, rs = 0.554, y=-0.03x+6.41, R2=0.42)があることがわかった。また、疲労感は肩こりと正の相関(P = 0.0046, rs = 0.607, y=0.71x+1.66, R2=0.51)が認められた。しかし、疲労感は憂うつや不安との間に有意な相関は認められなかった。
 今回の研究によって、健常人では慢性疲労症候群患者と同様に疲労の程度が大きい程、副交感神経機能が低下し、交感神経が優位な状態となることおよび精神疾患と異なり疲労の程度が大きい程、憂うつや不安が増大する傾向はないことが明らかとなった。

A.研究目的

 慢性的に疲労を訴える患者の中で、うつ状態や種々の神経症状を伴う精神疾患による慢性疲労との鑑別には、症状や病歴についての問診によるものが大部分であり、客観的なデータに基づいた検査方法はない。精神疾患との鑑別が可能となるような客観的なデータが明らかになれば、診断に応じた適切な治療が可能となり、症状の改善や医療費縮小につながる可能性がある。
以前より、疲労の客観的指標のひとつとして自律神経機能検査がある。心拍変動 (heart rate variability)は、自律神経機能を反映する検査として臨床的に広く用いられている。心拍変動の周波数解析にて低周波成分(low frequency:LF)や高周波成分(high frequency:HF)を算出する。LF/HFは交感神経機能を反映し、HFは副交感神経機能を反映している。
自律神経機能異常を伴い慢性的な疲労を訴える患者群における解析では、山口らは慢性疲労症候群(CFS)による疲労感がLF/HFと正の相関があり、HFと負の相関があることを報告している(1)。うつ病の患者群では健常人と比較してLFが低いことが報告されている(2)。また、以前私たちは、重症の疼痛性障害患者において疲労感がLFと負の相関にあることや疲労感が憂うつや不安と正の相関があることを報告してきた(3)。
これらの報告より慢性疲労症候群の自律神経機能異常とうつ病や疼痛性障害の自律神経機能異常との間には、そのパターンに差異が認められている。そこで、本研究では、健常人の疲労感は、CFS患者と同様に疲労の程度が大きい程、副交感神経機能が低下し、交感神経が優位な状態となることや健常人の疲労感は、精神疾患と異なり疲労の程度が大きい程、憂うつや不安が増大する傾向はないと予測し、そのことを検証することを目的として、健常人における疲労感と自律神経機能およびその他の身体・精神症状との関連を調査した。

B.研究方法

A大学病院の医師、心理士、学生より集めた健常人男性20 名、平均年齢29.1±6.5歳を対象とした。
被験者は、座位にて3分間安静後、加速度脈波計(APG ハートレーターSA-3000P, 東京医研)を用いて3分間測定し、LF、HF、LF/HFを算出した。
疲労感、肩こり、頭重感もしくは頭痛、不安な気持ち、憂うつな気持ち、いらいら感の自覚症状を長さ10cmのVisual Analogue Scale(VAS、図1)を用いて測定した。疲労感とそれそれの測定値との相関にはスペアマンの順位和相関係数を用いた。
(倫理面への配慮)
加速度脈波計のデータの入力では氏名の入力は行わずに、IDのみの入力とした。また、VASの記入に関しても、個人が特定できないようにIDを用いた上でデジタルデータとして保存したものであり、倫理上の問題はないものと判断した。

C.研究結果

対象とした健常人の疲労感のVASは、30±25であった。
疲労感と自律神経機能との関連では、疲労感は交感神経機能(LF/HF)と正の相関(P = 0.0037, rs = 0.618 y=0.05x+1.04, R2=0.41, 図2)があり、副交感神経(lnHF)と負の相関(P = 0.011, rs = 0.554, y=-0.03x+6.41, R2=0.42, 図3)があることがわかった。
また、疲労感とその他の身体との関連においては、疲労感は肩こりと正の相関(P = 0.0046, rs = 0.607, y=0.71x+1.66, R2=0.51)が認められた(図4)。疲労感と精神症状との関連においては、疲労感は、憂うつや不安との間に有意な相関は認められなかった。

D.考察

 本研究では、健常人では疲労の程度が大きい程、副交感神経機能が低下し、交感神経が優位な状態となること、疲労の程度が大きい程、肩こりが増大すること、および疲労の程度と憂うつや不安の程度の相関はないことを示した。
自律神経機能異常を伴い慢性的な疲労を訴える患者群における過去の解析では、CFSやうつ病や疼痛性障害の報告がある(1-3)。CFSによる疲労感が交感神経機能と正の相関があり、副交感神経機能と負の相関があること(1)やうつ病の患者群では健常人と比較してLFが低いこと(2)および重症の疼痛性障害患者において疲労感がLFと負の相関にあることや疲労感が憂うつや不安と正の相関があることが報告されている(3)。これらの研究報告と今回の研究結果を表にまとめると表1のようになる。うつ病の患者群では疲労感との相関は調査されていなかったため、表1では臨床的な経験を加味した予測を用いて、疼痛性障害患者群と同様の傾向が認められるとした。
自律神経機能においては、健常人と慢性疲労症候群では疲労の程度が大きい程、交感神経機能が上昇し、副交感神経機能が低下する。一方、うつ病や疼痛性障害などの精神疾患では、疲労感と交感神経や副交感神経との関連性は認められず、疲労の程度が大きい程、LFが低下すると考えられる。つまり、自律神経機能異常のパターンの差異を判別することで、健常者やCFS患者群の疲労感と精神疾患群の疲労感を鑑別することができる可能性が示唆された。
また、健常人の疲労感は肩こりと相関するが、疼痛性障害では有意な相関は認めらなかったことより、肩こりの尺度も健常者やCFS患者群の疲労感と精神疾患群の疲労感を鑑別することができるかもしれない。
さらに、精神疾患では疲労感が憂うつや不安との相関があると思われるが、健常人では疲労感と憂うつや不安との関連は認められなかったことより、憂うつや不安の尺度も同様に健常者やCFS患者群の疲労感と精神疾患群の疲労感を鑑別する指標として有用であることが示された。
 今後は、より多くの慢性疲労を訴える患者に対して自律神経機能を含めたさまざまな客観的な指標を調査し、うつ病や不安障害などの精神疾患との鑑別が可能な指標を探索していく必要がある(4)。

E.結論

 健常人では、CFS患者と同様に疲労の程度が大きい程、副交感神経機能が低下し、交感神経が優位な状態となる。また、健常人では、精神疾患と異なり疲労の程度が大きい程、憂うつや不安が増大する傾向はない。

【参考文献】
1) 山口浩二, 笹部哲也, 倉恒弘彦, 西沢良記, 渡辺恭良. 加速度脈波を用いた疲労評価. 治療. 90巻3号 Page537-547, 2008.
2) Kikuchi M, Hanaoka A, Kidani T, Remijn GB, Minabe Y, Munesue T, Koshino Y. Heart rate variability in drug-naïve patients with panic disorder and major depressive disorder. Prog Neuropsychopharmacol Biol Psychiatry. 13;33:1474-8, 2009.
3) 細井昌子, 吉原一文, 久保千春. 疲労感と自律神経機能―慢性疼痛重症例における検討― . 日本疲労学会誌, 第5巻, 第1号, 34, 2009.
4)久保千春, 吉原一文. ストレス関連疾患と慢性疲労症候群. 医学の歩み,228巻,6号,2009.

F.健康危険情報

特になし

G.研究発表

1.論文発表
1) 吉原一文, 久保千春. 心身症とFunctional Somatic Syndrome (FSS). 日本臨床, 67巻9号 Page1652-1658, 2009.09.
2.学会発表
1) 吉原一文, 平本哲哉, 小幡哲嗣, 細井昌子, 久保千春. 身体表現性障害とFunctional Somatic Syndromeとの鑑別およびその病態評価. 第5回日本疲労学会総会・学術集会, 2009.06.

H.知的財産権の出願・登録状況(予定を含む。) 

1.特許取得
なし
2.実用新案登録
なし
3.その他
なし

表1 今回の結果と過去の報告のまとめ

↗は正の相関、↘は負の相関、-は有意な相関なしを表す。( )内は経験的予測を含む。

図1. 疲労感、肩こり、頭重感もしくは頭痛、不安な気持ち、憂うつな気持ち、いらいら感のVisual Analogue Scale(長さ10cm)

図2 健常人における疲労感と交感神経機能(LF/HF)との関連

図3 健常人における疲労感と副交感神経機能(HF)との関連

図4 健常人における疲労感と肩こりとの関連