厚生労働科学研究費補助金(こころの健康科学研究事業)
(総括)研究報告書

自律神経機能異常を伴い慢性的な疲労を訴える患者に対する客観的な疲労診断法の確立と慢性疲労診断指針の作成

主任研究者  倉恒弘彦 (関西福祉科学大学健康福祉学部教授)
分担研究者  西澤良記 (大阪市立大学医学部教授)
分担研究者  近藤一博 (東京慈恵会医科大学医学部教授)
分担研究者  伴信太郎 (名古屋大学医学部教授)
分担研究者  下村登規夫(独立行政法人国立病院機構さいがた病院病院長)
分担研究者  久保千春 (九州大学大学病院病院長)
分担研究者  野島順三 (山口大学大学院医学系研究科教授)
分担研究者  渡辺恭良 (大阪市立大学医学部教授・理化学研究所分子イメージング科学研究センター、センター長)
分担研究者  酒井一博 (財団法人労働科学研究所所長)
分担研究者  小泉淳一 (横浜国立大学大学院工学研究院教授)

研究要旨

本研究では、3年間の研究期間内において自律神経機能をはじめとする客観的な疲労マーカーを用いて慢性疲労病態を評価し客観的な診断法を確立することを目指す。さらに、客観的な疲労マーカーを用いた疲労診療の手引きとなる慢性疲労診断指針を作成する。平成21年度は、代表的な疲労診療4施設において慢性疲労症候群(CFS)200名に対して統一された種々の疲労評価法を実施し、客観的な評価系となりうる検査について感度や特異度を明確にするための詳細な研究実施計画書を作成し、年次計画で決められた被験者数に応じた検体の採取や生理学的検査の測定、解析を開始した。そして、以下の研究成果を得た。
1. 精神作業疲労の客観的な指標として「反応時間」、「変動係数」、「LF/HF比」が有用であることを見出した。
2. 788人の透析患者調査にて、高い疲労得点を有する患者において心臓発作(心筋梗塞等)や脳卒中などの心血管イベントのリスクが2倍以上増加していることを確認し、疲労の評価は身体疾患の予後とも深く関わっていることを明らかにした。
3. マウスの疲労モデルを検証することにより、疲労因子(FF)を同定することに成功、FFは、ヒトの末梢血を検体とした検査においても、客観的に疲労を検査できることを見出した。
4. CFS患者には自律神経異常ならびに中枢神経異常が存在していることを示した。
5. 健常人においてもCFS患者と同様に疲労の程度が大きい程、副交感神経機能が低下し、交感神経が優位な状態となることを見出した。
6. 酸化ストレスの正常値を定めるとともに、女性は男性に比して高いこと、加齢により上昇することを確認した。CFS患者では酸化ストレス値が有意に上昇していることを見出した。
7. 倫理委員会の承認を得て、[11C]PK-11195を用いて慢性疲労症候群患者の脳内炎症像を探る研究に着手した。現在、4名の患者の撮像が終了した。
8. 自律神経機能測定とその機能指標計算において、最も合理的な測定方法と計算方法を周波数解析時系列単位の整合、起立試験区域での変動特性値定義について標準化した。
9. 社会環境や生活習慣における疲労関連・危険因子調査を実施するため、労働科学研究所に調査チームを立ち上げ、先行研究レビュー、疫学調査項目の検討、疫学調査手法の検討、働き方の現状と疲労状態についてヒアリング調査を実施した。

A.研究目的

最近の疲労疫学調査結果では、国民の1/3以上が慢性的な疲労を自覚しており、生活に支障をきたしている慢性疲労患者は約5.2%存在し、経済損失は医療費を除いても年間1.2兆円に及んでいる。しかし、現在の疲労診断基準は症状に基づく操作的診断法であり、客観性に欠けるため、医師から信頼されておらず、疲労診療はうまく稼動していない。したがって、数百万人に及ぶ患者が客観的診断法を切望している。
そこで、本研究では3年間の研究期間内において自律神経機能をはじめとする客観的な疲労マーカーを用いて慢性疲労病態を評価し客観的な診断法を確立する。さらに、客観的な疲労マーカーを用いた疲労診療の手引きとなる慢性疲労診断指針を作成し、日本の疲労診療の手引きとなる基準を明確にする。
また、社会環境や生活習慣における疲労関連・危険因子を調査し、今後の厚生行政における疲労予防の方策を策定する。

B.研究方法

我々は、疲労の程度と副交感神経系機能低下には相関がみられ、1つの診断法となりうることを見出してきた。さらに、疲労病態と関連する酸化的ストレス、DNAチップ検査異常、ウイルスの再活性化、アクティグラフによる睡眠覚醒リズム解析などの客観的な疲労評価系を見出してきている。そこで、本研究ではいくつかの評価系を組み合わせて疲労の全体像を客観的に評価できる診断法を策定する。具体的には、代表的な慢性疲労診療施設である①大阪市立大学疲労クリニカルセンター、②名古屋大学医学部附属病院総合診療科、③国立病院機構さいがた病院、④九州大学病院心療内科の4施設において、統一された方法で患者から疲労情報を取得し、唾液、血液などの検体採取や、生理学的検査などを山口大学臨床検査部の協力の下に実施し、横浜国大の協力を得て客観的な疲労評価法となりうる個々の検査法の感度と特異度を決定する。さらに、慢性疲労は前頭葉を中心とした脳機能障害が深く関わっていることが明らかになってきていることより、ここで明らかになってきた簡易で客観的な疲労バイオマーカーと脳機能異常との関連を、理化学研究所分子イメージング科学センターとの共同研究で明らかにする。最終的には、本研究にて明らかになった簡便で客観的な疲労マーカーを用いた新たな慢性疲労診断指針を作成し、日本の疲労診療の手引きとなる基準を明確にする。

C.研究結果

1. 自律神経機能異常を伴い慢性的な疲労を訴える患者に対する客観的な疲労マーカーの感度と特異度を決定し、このバイオマーカーを用いた新たな慢性疲労診断指針を作成するための実施計画書の作成と遂行
日本において慢性疲労を診療・臨床研究の対象と掲げている代表的な疲労診療施設である①大阪市立大学疲労クリニカルセンター(120例)、②名古屋大学医学部附属病院総合診療科(30例)、③国立病院機構さいがた病院(60例)、④九州大学病院心療内科(30例)の4施設において約200名に対して統一された種々の疲労評価法を実施し、客観的な評価系となりうる検査について感度や特異度を明確にするための詳細な研究実施計画書を作成し、研究の年次計画で決められた被験者数に応じた検体の採取や生理学的検査の測定を開始した。
(詳細は資料1を参照、研究実施計画書の作成に際しては、福田早苗:大阪市立大学大学院医学研究科COE生体情報解析学、藤井比佐子:大阪市立大学医学部附属病院医薬品・食品効能評価センター、中富康仁:大阪市立大学医学部疲労クリニカルセンターの協力を得た)

2. 精神作業負荷に伴う疲労評価法の検証
コンピューター化された一桁の足し算を精神作業負荷課題として行い、精神作業疲労では以下のことが明らかになった。
1. 自覚的な疲労感は、精神作業に伴い増加し、休息により回復した。
2. 解答に必要な所要時間(反応時間)は、精神作業疲労に伴い増加し、休息により回復した。
3. 解答に必要な所要時間のばらつき(変動係数)も、精神作業疲労に伴い増加し、休息により回復した。
4. 相対的な交感神経系の緊張状態(心電図R-R間隔の心拍変動解析により算出したLF(低周波成分:0.04-0.15 Hz)/HF(高周波成分0.15-0.40 Hz)の比率は、自覚的な疲労感、反応時間、変動係数と同様に、精神作業に伴い増加し、休息により減少した。
本研究にて作成した精神作業疲労モデルは、極めて簡便に疲労に伴う心身機能の低下状態を評価することが可能であり、サプリメントやドリンク剤など客観的な効果の検証にも応用が可能なものである。

3. 透析患者の疲労に関する研究
788人の透析患者に対し、独自に開発した問診票を用いて疲労度を評価し、これらの患者を26ヵ月間追跡した結果、高い疲労得点を有する患者において、心臓発作(心筋梗塞等)や脳卒中などの心血管イベントのリスクが2倍以上増加していることが確認され、疲労の評価は身体疾患の予後とも深く関わっていることが示された。

4. 慢性疲労患者における唾液の生物学的評価
今回の研究では、HHV-6の潜伏感染・再活性化機構を突き詰めることによって、疲労因子(FF)の候補を選択し、さらに、マウスの疲労モデルを検証することにより、疲労因子(FF)を同定することに成功した。 また、FFは、ヒトの末梢血を検体とした検査においても、客観的に疲労を検査できることが判明した。 さらに、FFの測定は、精神疲労と肉体疲労の両者において有効であることが判明した。 これにより、唾液中HHV-6測定と血液中の疲労因子(FF)の測定という、2つの客観的疲労測定法を得ることが可能となった。

5. 慢性疲労症候群(CFS)における自律神経異常および深部反射亢進の検討―治療効果判定への応用の可能性―
CFS患者では、健常対照者に比較して心拍数が有意に多く、血漿BNP(脳性ナトリウム利尿ペプチド)値(CFS:13.9pg/mL、対照者: 99.3pg/mL)の有意な上昇を認め軽度の心不全状態が存在すると考えられた。深部反射の亢進が80%以上の症例で認められ、改善例では40%に減少していた。CFS患者に自律神経異常ならびに中枢神経異常が存在する可能性は強く示唆されたが、日内変動との関連、重症度や治療による変化などについても検討を要すると考えられた。

6. 客観的なバイオマーカーを用いた疲労の解析、うつ状態、種々の神経症状に関する研究
本研究では、まず健常人における疲労感と自律神経機能との関連および疲労感とその他の身体・精神症状との関連を調査した。健常人男性20 名、平均年齢29.1±6.5歳を対象とし、座位にて3分間安静後、加速度脈波計を用いて3分間測定し、心拍変動の周波数解析にて低周波成分(LF)や高周波成分(HF)、LF/HFを算出した。また、疲労感、肩こり、頭重感もしくは頭痛、不安な気持ち、憂うつな気持ち、いらいら感の自覚症状をVisual Analogue Scaleを用いて測定した。 
その結果、疲労感は交感神経機能(LF/HF)と正の相関があり、副交感神経(lnHF)と負の相関があることがわかった。また、疲労感は肩こりと正の相関が認められた。
今回の研究によって、健常人では慢性疲労症候群患者と同様に疲労の程度が大きい程、副交感神経機能が低下し、交感神経が優位な状態となること、および精神疾患と異なり疲労の程度が大きい程、憂うつや不安が増大する傾向はないことが明らかとなった。

7. 疲労病態における酸化ストレス度評価
慢性疲労症候群(CFS)患者189名と、疲労症状がほとんど見られず一般臨床検査値(血液検査・生化学検査・尿検査・感染症検査・腫瘍マーカー・内分泌検査)に異常が認められなかった健常人312名を対象に、d-ROMs test/BAP testを用いた酸化ストレス/抗酸化力の評価を行った。健常人312名の血清サンプルを用いて算出した酸化ストレス値の健常人参考値(mean±2SD)は286.9±100.2 unitであり、女性は男性に比較して有意に高いこと、さらに加齢により酸化ストレス値が上昇することを確認した。一方、抗酸化力値の健常人参考値は2541±122μmol/Lで、性差および年齢差は認められなかった。CFS患者では健常人に比較して、抗酸化力に有意差は認められなかったが、酸化ストレス値が338.5±85.6 unitと有意に上昇していた。さらに、CFS患者における酸化ストレス値は疲労の度合いを示すPerformance Statusレベルに相関して上昇していることから、これまでの臨床診断では不可能であった客観的な疲労の定量化が期待できる。

8. 疲労病態の脳機能解析
脳磁図では、「ポケモン効果」として知られた光の間歇的ストロボ効果が脳内で特別な周波数を持つ神経回路と同期し異常興奮を起こす現象を捉え、自律神経機能低下との関連性に研究を進める。一方、PET(ポジトロンCT)では[11C]PK-11195を用いて慢性疲労症候群患者の脳内炎症像を探る。
本年度は、脳磁図の研究においては、健常人ボランティア脳では、ストロボライト点滅周波数に固有サイクルの反応が見られ、さらにこの反応は自律神経異常及び質問紙によって評価した疲労の程度と有意な相関を認め、これを慢性疲労・慢性疲労症候群患者で調べていく基盤ができた。 
また、PETでは[11C]PK-11195を理研研究員(大阪市大研究員を兼務)が大阪市大の核医学検査室で調製し品質管理試験の後、倫理委員会の承認を得て、慢性疲労症候群患者の脳内炎症像を探る研究に着手した。現在、4名の患者の撮像が終了した。

9. 社会環境や生活習慣における疲労関連・危険因子調査の準備
社会環境や生活習慣における疲労関連・危険因子調査を実施するための準備を進めた。労働科学研究所に調査チームを立ち上げ、文献調査に基づく先行研究レビュー、疫学調査項目の検討、疫学調査手法の検討、などのほか、産業現場において広範囲の業務を取り上げ、働き方の現状と疲労状態についてヒアリング調査を実施した。これらの成果を、次年度の疫学調査に反映させることによって、所期の目的である疲労予防方策の策定に努める。
10. 疲労関連データの統計学的処理 自律神経機能測定の適正化
自律神経機能測定とその機能指標計算において,臨床において最も合理的な測定方法と計算方法を,周波数解析時系列単位の整合,起立試験区域での変動特性値定義について標準化した。また異常判定の基準値を健常人マスデータの解析から,二つの指標,LF/HFとTPから設定した。TPについては,ポピュレーションバランスを用い,加齢効果を数理モデルにより再現した。

D.考察

 内科での通常の診療においては、患者の訴えや診察時の理学的所見に基づき疾病を推測し、その診断を裏付ける検査所見によって確定診断を行い治療に当たっている。しかし、慢性的な疲労を訴える多くの患者では保険診療で認められている一般臨床検査には異常がみられず、かつ現在の慢性疲労症候群(CFS)の診断基準が症状のみに基づく操作的診断法であることより客観性に欠けているため、CFSの存在自体に疑念を抱いている医師が多いのが現状である。したがって、慢性的な疲労を訴える患者の診療はうまく稼動しておらず、数百万人に及ぶ患者が客観的診断法を切望している。
 一般に、体の異常を自覚した患者が医療機関を受診した場合、血液検査や生理学的検査、画像検査などの臨床検査によりその原因となる疾病が明らかになると思われているが、我々がプライマリケアを担っている開業医の協力を得て2180名の外来受診患者を対象(有効回答数1767名、81.1%)に疲労の疫学調査を行ったところ、半年以上の慢性疲労を認める患者が45%みられたが、そのうち医師が疲労の原因となる病気を特定できていたのはわずか39%であり、残りの32%は過労、29%は原因不明の慢性疲労として診療を受けていた。
 したがって、原因が特定できない慢性的な疲労はプライマリケアを担っている医療機関においても対処するべき重要な課題になってきている。
 この原因が明らかでない慢性疲労を自覚する多くの患者は、内科では疲労の原因は身体疾患ではなく、精神的な病態に基づく可能性を説明され、精神科/心療内科へ紹介される。しかし、ここでも慢性疲労の原因となる疾病を特定することができないことが多く、立ちくらみや動悸、発汗異常などの自律神経失調症状がみられることより自律神経失調症として治療を受けているがなかなか回復していないのが実情である。
 我々は、このような原因が明らかでない慢性疲労がみられる患者を1990年より調査してきたところ、多くの患者では自律神経機能異常とともに、免疫異常、ウイルスの再活性化、内分泌異常、酸化ストレスの増加など、身体のさまざまな異常がみられることを明らかにしてきた。すなわち、この慢性疲労患者では異常がみられないのではなく、保険診療で認められている検血や炎症反応、肝機能などの一般検査に異常がみられないだけであり、少し踏み込んだ検査を行うと異常の存在が明らかになるのである。
さらに、脳機能をポジトロンCT(PET)にて解析したところ、ほぼ全例で前頭葉を中心とした脳機能障害がみられ、特に自律神経系の中枢である前帯状回に異常がみられることより、自律神経機能異常を生じていることが判明している。したがって、PETを用いて脳機能解析を行えば、疲労は診断できる状況にある。しかし、PETを用いて脳機能解析を行うためには特殊な施設で検査を受ける必要があり、かつ健康保健の適用がないため、極めて高額な医療費がかかり、通常の診療でこの検査を行うことは現実的ではない。
そこで、本研究では日本のどの診療所においても安価で、簡便、かつ客観的に疲労を診断できるような手法を確立し、客観的なマーカーを用いて疲労を客観的に診断できる新たな診断指針の作成を行うことを第1の目的に掲げた。
現在、本研究の年次計画で決められた被験者数に応じた検体の採取や生理学的検査の測定、解析が順調に進められており、平成22年度末にはこれまでに明らかになってきた疲労の客観的な指標となりうると思われる自律神経機能解析、酸化的ストレス、DNAチップ検査異常、ウイルスの再活性化、アクティグラフによる睡眠覚醒リズム解析などのCFSにおける感度と特異度を多施設研究により決定し、日本の診療における客観的な疲労の評価・診断法を発表できると考えている。
本研究成果が、原因が明らかでない疲労で苦しんでいる多くの患者にとって有益なものとなり、国民の「安全」、「安心」、「福祉」に貢献できることを心より願っている。

E.結論

本研究では、客観的な疲労マーカーを用いて慢性疲労病態を評価し客観的な診断法を確立する。平成21年度は、多施設間で実施する詳細な研究実施計画書を作成し、年次計画で決められた検体の採取や生理学的検査の測定、解析を開始した。また、以下の研究成果を得た。
1. 精神作業疲労の評価において「反応時間」、「変動係数」、「LF/HF比」が客観的な指標として有用である。
2. 疲労の評価は身体疾患の予後とも深く関わっている。
3. 疲労因子(FF)を同定することに成功、FFは、ヒトの末梢血を検体とした検査においても、客観的に疲労を検査できることが判明。
4. 健常人でもCFS患者と同様に疲労の程度が大きい程、副交感神経機能が低下し、交感神経が優位な状態となる。
5. 酸化ストレスの正常値を設定するとともに、CFS患者では酸化ストレス値が有意に上昇していることを確認。
6. [11C]PK-11195を用いて慢性疲労症候群患者の脳内炎症像を探る研究に着手。
7. 自律神経機能測定とその機能指標計算において、最も合理的な測定方法と計算方法を周波数解析時系列単位の整合、起立試験区域での変動特性値定義について標準化した。
8. 社会環境や生活習慣における疲労関連・ 危険因子調査を実施するための準備・調査を実施した。

F.健康危険情報

特になし