厚生労働科学研究費補助金(こころの科学研究事業)
(分担)研究報告書

自律神経機能異常を伴い慢性的な疲労を訴える患者に対する客観的な
疲労診断法の確立と慢性疲労診断指針の作成

疲労病態における酸化ストレス度評価

分担研究者  野島 順三 (山口大学大学院医学系研究科教授)

研究要旨

 肉体的および精神的疲労を客観的に評価できる病態マーカーの確立を目的として、臨床症候により診断が確定した慢性疲労症候群(CFS)患者189名と、疲労症状がほとんど見られず一般臨床検査値(血液検査・生化学検査・尿検査・感染症検査・腫瘍マーカー・内分泌検査)に異常が認められなかった健常人312名を対象に、d-ROMs test/BAP testを用いた酸化ストレス/抗酸化力の評価を行った。健常人312名の血清サンプルを用いて算出した酸化ストレス値の健常人参考値(mean±2SD)は286.9±100.2 unitであり、女性は男性に比較して有意に高いこと、さらに加齢により酸化ストレス値が上昇することを確認した。一方、抗酸化力値の健常人参考値は2541±122μmol/Lで、性差および年齢差は認められなかった。CFS患者では健常人に比較して、抗酸化力に有意差は認められなかったが、酸化ストレス値が338.5±85.6 unitと有意に上昇していた。さらに、CFS患者における酸化ストレス値は疲労の度合いを示すPerformance Statusレベルに相関して上昇していることから、これまでの臨床診断では不可能であった客観的な疲労の定量化が期待できる。

A.研究目的

現在、我が国における疲労診断基準は主観的な症状を基にした操作的診断法であり、客観性に欠けるため、多くの臨床医が病的疲労の診断に困惑している。本研究では、肉体的および精神的疲労を客観的に評価できる病態マーカーの確立を目的として、疲労病態における酸化ストレス度の評価を行った。活性酸素種の産生増加や抗酸化システムの効果減衰による酸化ストレス度の亢進は、動脈硬化症・悪性腫瘍・各種生活習慣病など多くの疾患形成に関連しており、病的疲労を客観的に評価できる可能性が考えられる。

B.研究方法

臨床症候により診断が確定した慢性疲労症候群(CFS)患者189名と、疲労症状がほとんど見られず一般臨床検査値(血液検査・生化学検査・尿検査・感染症検査・腫瘍マーカー・内分泌検査)に異常が認められなかった健常人312名を対象に、d-ROMs test/BAP testを用いた酸化ストレス/抗酸化力の評価を行った。 
(倫理面への配慮)
すべての被験者には倫理委員会で承認された説明文を用いて説明し同意書を取得して測定を実施した。被験者のプライバシー確保に関する対策としては、血清検体は連結可能な匿名化(通し番号)にて取り扱い、山口大学研究棟のフリーザーに施錠して保管している。被験者情報および研究結果は外部と接続しないコンピューターにExcelファイル形式で入力し、研究実施責任者が外部に漏洩しないように厳重に管理している。

C.研究結果

1.健常人基準範囲の設定 
健常人312名の血清サンプルを用いて設定した酸化ストレス値の基準範囲は186.8~387.1 unitであり、女性は男性に比較して有意に高いこと、さらに加齢により酸化ストレス値が上昇することを確認した。一方、抗酸化力値の基準範囲は2419~2662μmol/Lで、性差および年齢差は認められなかった。
2.慢性疲労病態における酸化ストレス度
CFS群と健常人群で酸化ストレスおよび抗酸化力を比較検討した結果、酸化ストレス値は、健常人群の286.9±50.1 unit(mean±SD)に比較してCFS群では338.5±85.6 unitと有意に高値(p<0.0001; Mann-Whitney)を示した。一方、抗酸化力値は、CFS群(2532±112 μmol/l)と健常人群(2541±61 μmol/l)間で有意な差は認められなかった。ただし、CFS患者の一部に抗酸化力が著しく低下もしくは上昇している症例が散見された。
3.酸化ストレス度とPerformance Statusレベルの関係
CFS患者は、Performance Status(PS)レベルや身体的疲労得点にて診察時の疲労状態が詳細に分類されている。酸化ストレス度とPSレベルおよび身体的疲労得点との関係を統計学的に解析した結果、酸化ストレス度は疲労状態の重症度に関連して上昇する傾向にある可能性が示唆された。

D.考察

酸化ストレス度は、300 unit以下をNormal levelと定め、301~320 unitがBorder-line、321~340 unitがLow oxidative stress level、341~400 unitがMiddle oxidative stress level、401~500 unitがHigh oxidative stress level、さらに500 unit以上をVery high oxidative stress levelとして6レベルに分類している。今回の検討で、健常人312名中189名(60.6%)がNormal levelであったが、52名(16.6%)がBorder-line、23名(7.4%)がLow oxidative stress level、48名(15.4%)がMiddle oxidative stress levelに該当し、一般臨床検査値に異常が認められなかった健常人でも酸化ストレス度はMiddle oxidative stress levelまでは認められることが分かった。ただ、今回検討を行った健常人312名で酸化ストレス度が400 unitを超える者は認められておらず,酸化ストレス度がHigh oxidative stress levelおよびVery high oxidative stress levelに達すると、何らかの疾患に罹患している可能性を考慮しなければならないと思われる。
今回の検討で、CFS患者189例中42例(22.2%)が酸化ストレス度High oxidative stress level以上であり、疲労病態を評価する一つのバイオマーカーとして酸化ストレス度が有用である可能性が示唆される。さらに、酸化ストレス度は疲労状態の重症度に関連して上昇していることから、これまでの臨床診断では不可能であった客観的な疲労の定量化が期待できる。

E.結論

現時点では、単独では病的な疲労を診断し得る確定的な病態マーカーは存在しないが、いくつかの病態マーカーを組み合わせることにより、健常人と病的疲労患者を鑑別できる可能性が考えられる。その1つとして酸化ストレス度は有力な病態マーカーである可能性を見出した。さらに、酸化ストレス度は病的疲労患者のみならず、長時間の時間外労働や特殊な環境下で勤務する重度の過重労働に伴う産業疲労においても良い指標となる可能性が十分に期待される。

G.研究発表

1.論文発表
野島順三 宮川真由美 児玉麻衣 本木由香里 常岡英弘 市原清志 日野田裕治.自動分析装置BM-1650による酸化ストレス度の測定.医学検査59(3):2010(印刷中)

Nojima J, Iwatani Y, Ichihara K, Tsuneoka H, Ishikawa T, Yanagihara M, Takano T, Hidaka Y. Acquired activated protein C resistance is associated with IgG antibodies to protein S in patients with systemic lupus erythematosus. Thromb Res. 2009, 124, 127-131.